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by moon99999
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カテゴリ:本にかかわる話( 19 )

盗作について思う(3)

さて、ここで某氏からのコメントがあった。

「篠原さんというかたを個人的にはぜんぜんぞんじあげません。できたら、「ちょっとしたウッカリ」だと信じてあげたい。
ヘレン・ケラーがかいた小説が既存の作品にそっくりで「パクリだ~」といわれたときに「すみません、ずっと前に点字で読んで覚えてしまっていたんだと思います」って謝ったという事件もありました。あまりに好きすぎると「なかば自分のものにしてしまって」彼我の差すらわからなくなるということもありえなくはない。 」

好きだったら自分のものになってしまう。それはそうなのかもしれない。
一言一句が自分のものになる。だからそれを自分のことばに置き換えて再生産しても、類似した言葉になってしまう。

そういう部分はあると思うし、実際に創作活動しているときには、過去の読んだ文学書からマンガまですべて自分の血となり肉となっているとすれば、それがどこかで出てくる、ということはありえるかもしれない。
も、だからこそ、その出典に対して気を遣うという考えを持って欲しいと思う。

日本におけるマンガの黎明期、手塚先生だっていろいろな海外のストーリーをイタダイて、それでマンガに仕立てたことはいくらでもある。
それこそ、「赤塚不二夫のことを書いたのだ」になぜか手塚先生のことも出ていたけど、その際に開かずのネタ部屋ってのがあって世界の文学とかがならんでいたようだ。

だが、大筋をもらうのと、せりふとかをもらうのはやっぱりわけが違うだろう。

(引用)
その元ネタが決してばれないように、必死で頭を使いましょう。うまくごまかしなさい。そうかんたんに見破られないように変装させてしまいなさい。これを換骨奪胎といいます。(了)

これは、「もう一度だけ新人賞の獲りかたおしえます」という本の引用だ。
やはり、自分の血や肉となっているとしたところで、自分のどこの肉がだれの影響、とかを把握しておかないといけない、ということなのだろう。

ただ、もう一つの問題は、表現方法としてマンガが優れている可能性もある、ということだ。
少なくともマンガのほうが出版数が多い、また読者も多いから実は目が肥えている。
だから表現が洗練されていく可能性がある、という。
なるほど。
昔は文学からマンガがパクル(というより大いに参考にする)という一方通行だったのが、いまやその逆も普通に行われうる、ということなんだろう。

べつにここで大塚英志と笙野頼子の議論を持ち出す気はない。
ただ、マンガというものも今では立派な文化たりえており、マンガという枠だけでなくてそれ以外の人々、芸術作品にも多大な影響を与えている、ということだ。

本を読む人が他の本を参考にするとき、メジャーどころの手法は、評論家は皆把握している、というのはたぶんそうだろう。北上次郎、大森望、豊崎由美といった人たちはいったいどれくらい本を読んでいるのだろうか?  その一方、マンガは把握しきれない。 私の知人で蔵書一万冊超の人がいるが、彼でさえ把握しているマンガはごくわずかだ、と言っている。

話が大きくなってしまった。
いずれにしても、マンガを参考に(本当の参考かパクリかはさておき)して文学を書く、というのは今後どんどん大きくなっていくだろう。
あるいは、いまの10代、20代の作家は、マンガや文学、ゲームといった間の境界線というものを軽々と乗り越えていくのではないか。というより、 本来のマンガとかゲームの出し手のほうがメディアミックスによるプロモーションを続けていった結果として、メディアミックスに慣れた受け手が作り出されていて、その人々が創作者になったときには、すべてのメディアは表現手法の一つになってしまうのかもしれない。
ゲームのコーディングはさておいて、世界観づくり、フローチャートなどは共有していける可能性があるかもしれない。

もちろんそれだけでは不十分だから専業作家が成立するわけだが。すくなくとも、その世界観を作り出す、プロデューサーとしての役割をになっていける若いクリエーター(作家かもしれないしマンガ家かもしれない)が今後どんどん出現していくだろう。


と、またまた話がそれた。

マンガからの影響であろうが何であろうが、あまり頻繁にその影響を表に出すのははばかられるだろう。 
いくらなんでもどこかで気がつく人が出てくるだろうからだ。

単純な引用をついうっかりしてしまった、なぜならマンガで読んだものが自分の血や肉になってしまっていて、引用しようにもしえないくらいだったからだ。 こういうことになるのだろうか。
あるいは偶然の一致で突っぱねるのか(本当にそうかもしれないし)。
外部からのインプットが多ければ多いほど、自分の世界観作りに役立つ、という人と、多いと自分のアイディアが他人に影響されすぎる、という人がいるのだろうと思う。

どちらが正しいということはないだろう。 ただ、クリエーターの仕事というのは、どんなインプットであっても、自分の中で咀嚼して、自分のものとして、独自の世界観で作り出していく、というものだと思う。  過去は過去。他の作品は他の作品。オマージュとかトリビュートならともかく、影響をうけているだけでオリジナル作品だというのであればそこははっきりと影響元に近い表現は意図的に排除しなければならないだろう。

今の時点で篠原氏がどうかはわからない。
彼のオリジナリティによる作品だったとしても、酷似している、という点でその作品の評価に影響が出る。しいては部数もそうなのだろうか。 

いずれにしても、今後の作品で篠原氏の力量が試されることになるのだろう。すくなくとも、二度目は無い。
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by moon99999 | 2005-08-21 16:01 | 本にかかわる話

盗作について思う(2)

さて、コミックの盗作ということでいうと・・・

まだそれほど大きな問題になっていないようだが(少なくとも私は知らないだけかもしれないが)、最近私が読んだ作品『誰のための綾織』について、三原順「はみだしっ子」からと酷似する点がたくさんあるのに、それが記載されていない、という指摘があるブログであった。
http://oppincle.seesaa.net/article/4785373.html

はっきりいえば、今回の篠原氏と同じケースだ。

どうなっていくのだろうか。
コミックにせよなんにせよ、原著作権者がいるのであれば、そこははっきりさせるべきであろう。
だが三原氏はすでに鬼籍に入っている。どうなるのかはすぐにはわからない。


プロットが似るというケースはあるだろう。
昔(はっきりいってえとが一回り以上している)、「野性時代」に掲載された、栗本薫氏(中島梓のペンネームだったかもしれない) の作品のなかに、沖田総司が現代にタイムトリップする、というテーマの作品があった。

正直、すごく驚いた。
アイディア、プロットが、小林信彦氏の短編にそっくりだったからだ。

中島氏がさすがにそんなことをするわけないだろう、とは思ったのだが、それでも盗作の疑惑は私の中では消えなかった。
その作品名は覚えていないが、改作された後に、なのか別作品なのかわからないが、中島氏の原作で、演劇の舞台ができているようだ。
いまは「まぼろし新撰組」というもののようだ。
今のプロットは私が読んだ記憶のものとはかなり違っているようなので、問題はないとは思う。

原作品を読んで、小林信彦氏はどう思ったんだろうか。(読まなかったのかもしれないが)

ぜんぜん関係ないのだが、その舞台の中で、芹沢鴨が「おれは幕末に帰りたい」というせりふを言うらしい。

新撰組メンバーにとってはあの当時は幕府は絶対だったわけで、あの当時のことを、何があっても「幕末」と呼ぶことはないだろう、と思うのだが。

まあそこは原典を見ないで勝手に書いているのでなんともいえないが。

盗作、剽窃が露呈するとき、それに対する批判は小さくない。 
大月 隆寛氏が田口ランディ氏の盗作を批判したとき、彼はこんな本まで書いている。
「田口ランディその「盗作=万引き」の研究」http://tinyurl.com/a6899  この本の表現は、あまりに悪口雑言であって、読むに耐えないほどのものであった。 指摘している内容はもっともなものが多かったのだが、大月氏がなぜにあそこまで人を貶めることに血道をあげたのか、は理解できなかった。

話がそれた。

さて米国では剽窃というのはものすごい罪だと教えられる。
剽窃はプレージャリズムというのだが、それをやったら単位を落としたり、それこそ退学だってあるらしい。これは厳しい学校の話で、「玲子@チョート校」 http://tinyurl.com/blbhe
という、岡崎玲子さんという高校生が米国の超エリートスクールに留学したときのエピソードとして出てきた。

まあ実際は、米国ならそれがとても厳しい、というわけではなくて、よく剽窃があるからそう言っている、というのが正しいだろう。

学校でも、宿題がインターネット上の材料に似ているかどうかを調べるようにしているようだし、そういうソフトすらあるらしいから。

昔、ネットニュース(アメリカのalt.rec.animation.sailor-moon だったかな?)の中で、セーラームーンの絵について「自分がコピーしてアップしたんだから、著作権が自分にある」とかほざいている莫迦がいた。 アメリカにしてもその程度の感覚なのだ。


話を戻そう。

いまの情報化社会では、「こっそりとパクル」ことはほぼ不可能になりつつあるのではないか。もちろんアンダーカバーで終われば別だが、いやしくも有名人たろうとする人々は、誰のアイディアをこっそり取っても指摘されるだろう。
だったら最低限参考資料を明らかにした上で、引用については明確にすべきだろう。

そういえば、甲子園である学校が校歌を流したら、別の学校と同じ節だった、というのでびっくりされたケースがあったっけ。作曲家は同じ。
歌詞が七五調や五七調なら、曲は同じにつけられるもんな~

これは剽窃ではないが、まあ秘密にしたかったことではあろう。 情報化社会の例ということだ。

ただ、小説・マンガの場合、プロットをもらった、とか表現をもらった、というのは正直難しい部分はあるとは思う。

「ゴレンジャー」は「ガッチャマン」の盗作だとは(あるいはその逆かな)誰もいわないだろう。
だが5人であつまって敵をたおす。紅一点がいる、とか、パターンなんだよな。だがこれは業界では『お約束』というだけだ。

で、よくわからない結論。

情報化社会の現在においては、意図的なパクリはどこかで露呈する。そのネガティブインパクトの可能性を考えた上で、パクリはできるだけ避けるべきである。  プロットの一部やアイディアをもらうにしても、できるだけ原典を表示すべきだろう。  (最低限、単行本化されるときには書くべきだ。ろう。)
第三者がそれを見つけて指摘するとき、かならずしも人は優しくない。


ふー疲れた。最後まで読んでくださった方がいたら、ありがとうございました。
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by moon99999 | 2005-08-18 12:48 | 本にかかわる話

盗作について思う(1)

かなり長くなりそうだ。

まずは記事から。
http://tinyurl.com/e4bsh
<盗作?>篠原一さんの短編小説、既刊漫画と酷似  [ 08月18日 03時00分 ]

 集英社の文芸雑誌「すばる」8月号に掲載された篠原一(しのはらはじめ)さん(29)の短編小説「19℃のロリータ」と、1998年に祥伝社から刊行された楠本まきさん(38)の漫画「致死量ドーリス」のストーリーが酷似している上、同じ表現が数カ所あることが分かった。両社は篠原さんが盗作した可能性があるとみて調査を進めている。

 篠原さんは17歳だった93年、「壊音 KAI―ON」によって史上最年少で文学界新人賞を受賞した女性作家。代表作に「アイリーン」などがある。

 「19℃のロリータ」は「B文学賞を最年少で受賞した」学生「僕」が主人公の一人称小説。若い女性の「きみ」にひかれるが、人生に意義を見いだせない女性は死を急いでしまう。

 「致死量ドーリス」も「僕」と若い女性の「君」の物語。女性が死へと向かうストーリーが共通しており、特に(1)突然髪を切る(2)何種類ものかつらをつくる(3)体にはさみを刺して自殺未遂をする――など女性の行動が酷似している。「この部屋のエアコンディションは快適だ」「中途半端に破滅型なの」など同じ文言もあった。

 読者らの指摘で事態が明らかになった。インターネットでも話題になっている。すばる編集部は「調査中」としている。 (了)

うーむ。

まずはもしこれが盗作、剽窃だとしたら、どうなるのだろうか。
1)認める
2)認めない

その2つだろう。前者の場合、「謝って済むなら警察はいらない」
わけだが。
以前の、田口ランディ氏の話は参考になるだろう。
彼女の作品は、インターネット上のサイトの情報をかなりパクって自分の作品にとりいれ、それを最終的に認めて、発表した作品を大幅に変更している。
だが実は彼女は公式に謝罪を続けているわけではないらしい。
それでも彼女は許されている。
なんといってもその後直木賞の候補になっているわけだから。

日本というのはもともとは盗作というものに対して寛容だった部分はあるだろう。
本来は「本歌取り」なんていう文化もあったわけだ。
それに、「オマージュ」とか「トリビュート」なんていうのもある。

まあこのあたりの違いは、原典を明らかにしているかどうか、だということではあるだろう。
本歌取りの場合には原典を明らかにしていなくても、有名な歌だからみなに伝わることを前提にはしている。

そこまでいかないケースもある。 たとえば、こっそり、他の作品をまねして、「お前らはわからないかもしれないがわかる人にはわかるんだ!」とやるケースだ。

たとえば、岡田斗司夫氏は、自分が製作したアニメで、いろいろパロディをやっているらしい。
「ここのシーンは宇宙戦艦ヤマトのあれとそっくりに」なんていうシーンをたくさん作っている。だがそれについては、誰にも言ってなかったようだ。 その後、BSアニメ夜話で舞台裏を明かしている。 また、ロトこと氷川竜介氏は、岡田氏のアニメのロケットの部分だけ解析して、それでもいろいろな事情を解き明かしている。

まあ、このあたりはご愛嬌だ。 著作権どうのこうの、ではないからだ。

それよりももう少し面倒なのは、大河ドラマでのケースだ。 最近、二審判決が出た。
http://tinyurl.com/dwbc6
NHK武蔵訴訟 黒澤氏側二審も敗訴  2005年 6月15日 (水) 06:15
 NHKの大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」の一部が故黒澤明監督の映画「七人の侍」の盗作だとして、著作権を相続した長男久雄さんらがNHKと脚本家に1億5400万円の損害賠償とDVD化差し止めなどを求めた訴訟の控訴審判決で、知的財産(知財)高裁は14日、請求棄却の一審東京地裁判決を支持、親族の控訴を棄却した。

 判決理由で中野哲弘裁判長は1審判決と同様「ドラマと映画には類似した点がある」と指摘したが「映画の表現上の本質的特徴を、ドラマからは感じ取ることができない」などと著作権侵害を否定した。(了)

この場合には、「シーン」を再現した、というかよく似たケースにしたわけだ。

http://tv.dot.thebbs.jp/1074688443.html  では、
黒沢さんらが問題にしているのは、昨年1月5日放送の第一話。

 訴状などによると、村人が侍を雇って野武士と対決する基本的なストーリーのほか、豪雨の中で戦うシーン、主人公の武蔵が地面に突き立てた刀を抜くシーンなど十一の場面が「七人の侍」に酷似しているとしている。

 代理人の弁護士は「著作権使用料を支払ったリメーク(再作品化)ではないばかりか、パロディーやオマージュ(賛辞)として一部をまねたのでもない。『七人の侍』のブランドにただ乗りした明白な著作権侵害行為」とし「映画史に残る名作のイメージを傷つけた」と主張している。 (了)

この辺になってくるとどうなんだろう。
争いがあるわけだ。


さて篠原氏が果たして盗作したのか。 その辺は今後明らかになっていくのだろう。
その後処理によっては、彼女の文壇での地位が危うくなることもあるだろうが、田口ランディ氏のように、「そんなこともあったかしら?」的なことになるのかもしれない。
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by moon99999 | 2005-08-18 12:17 | 本にかかわる話

直木賞について

今回の受賞者は、芥川賞が中村文則さん(27)の「土の中の子供」(「新潮」4月号)に、直木賞は朱川湊人さん(42)の「花まんま」(文芸春秋)に決まった。

どちらも読んでいないので、あまりコメントはできないが・・・

エキサイトブックスで、大森望・豊崎由美コンビは、この決定について酷評している。
http://tinyurl.com/cnhhn

それはさておき。読んでいない私がコメントできるのは、作家についてだけだと思う。
【直木賞】
絲山秋子「逃亡くそたわけ」(中央公論新社)
恩田陸「ユージニア」(角川書店)
朱川湊人「花まんま」(文芸春秋)
古川日出男「ベルカ、吠えないのか?」(文芸春秋)
三浦しをん「むかしのはなし」(幻冬舎)
三崎亜記「となり町戦争」(集英社)
森絵都「いつかパラソルの下で」(角川書店)

この中なら朱川さんが選ばれたという。未読です。
絲山秋子「逃亡くそたわけ」と恩田陸「ユージニア」は読みました。あと、
古川日出男と三浦しをん、森絵都は読んだことがあります。
(森絵都は子供向けのDIVEとかも読んでいます。)

とても現代的なノミネートなんでしょうね。そして女性も多い。だいたい5対2で女性だったのだから。 大森・トヨザキコンビによれば、なんとか絲山秋子さんにとらせようとしたんじゃないか、ということでした。
彼女はその前は芥川賞でしたから。

でも個人的には、古川さんにとって欲しかったと思っています。やはり、彼は筆力もあるし、「直木賞作家」という肩書きがふさわしい人だと思うから。
他の女性作家はもっと本が売れているだろうけど、古川さんはどうかな、ということもあるし(失礼!)

朱川さんの本もそのうち読もうとは思っています。でも直木賞の本を読むのはまだ先かな。まだ「対岸の彼女」ですら読むめどが立っていないし。
朱川さんという人を知らなかったので、無名の人(失礼!)にスポットライトをあてる、という意味ではいい選択だったのかもしれない。 いちおう、二回目のノミネートではあるわけだそうだ。

これで朱川さんの本を読んで、朱川ファンになったらまたコメントも変わるかもしれません。
見てない人間の勝手なコメントですみません。

あ・・・もう一つ。
絲山秋子「逃亡くそたわけ」のサイン本の価値が上がらなくって・・・残念!
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by moon99999 | 2005-07-16 14:48 | 本にかかわる話

芥川賞・直木賞決定

<芥川賞>中村文則さんに決定 直木賞は朱川湊人さん [ 07月14日 20時00分 ]
毎日新聞社
 第133回芥川・直木賞(日本文学振興会主催)の選考委員会が14日、東京・築地の「新喜楽」で開かれ、芥川賞が中村文則さん(27)の「土の中の子供」(「新潮」4月号)に、直木賞は朱川湊人さん(42)の「花まんま」(文芸春秋)に決まった。

 両賞は菊池寛が1935年に創設して今年で70年(45~48年に8回休止)。

 中村さんは東京都新宿区の新潮社で、編集者らと連絡を待った。午後6時半過ぎ、携帯電話が鳴り、数秒、うなずきながら話を聞いた後、「本当ですか。ありがとうございます」。右手で小さくガッツポーズをした。

 「びっくりした。とても大きな賞で、取れるとは思えなかった。今後もいい作品を書くことを前提に与えられる賞だと思うので、身が引き締まります」と笑顔で話した。

 受賞作は、子供のころから虐待を受けた青年が主人公。中村さんは記者会見で「虐待問題は入り口。戦争をはじめとする無責任な暴力が多い中で、被害者の立場から、それでも生き続けようとする人の強さが書きたかった」と喜びを語った。

 一方、朱川作品は昭和40年代の大阪の路地裏を舞台にした短編集。ノスタルジックな雰囲気漂う6編を収録しているが、朝鮮半島のお化けのトカビや葬式で動かなくなった霊柩(れいきゅう)車などが登場するホラー仕掛けの中に、人生の哀歓を描き出した。

 朱川さんは「最初の本を出してから2年ちょっとで、こんな大きな賞をいただき、頭の中が真っ白です。怖いだけのホラーではなく、心の葛藤(かっとう)やずるさ、喜びや楽しさを書いていきたい」と話した。【米本浩二、内藤麻里子】

 ◇観念に血肉与えた 芥川賞選考

 芥川賞選考委員の高樹のぶ子さんによると、「最終選考に残ったのは、中村作品と伊藤たかみさんの作品だった。最後は2作同時受賞か、中村作品のみかの決選投票が行われ、過半数に達した中村作品の受賞が決まった」という。

 中村作品については「暴力という圧倒的な力に対し、主人公は恐怖を克服することで勝とうとした。観念から出発し、そこに血や肉を与えた小説で、今の時代では逆に新鮮だった」と語った。

 ◇現代の怪談新しく 直木賞選考

 直木賞選考委員の北方謙三さんは「朱川作品は現代の怪談を、非常に新しい説話として立ち上げている」と評価した。

 【略歴】中村文則さん(なかむら・ふみのり) 愛知県生まれ。福島大行政社会学部卒。02年に「銃」で新潮新人賞を受賞してデビュー。04年「遮光」で野間文芸新人賞受賞。他に「悪意の手記」など。愛知県東海市在住。

 【略歴】朱川湊人さん(しゅかわ・みなと) 大阪市生まれ。5歳で東京都に引っ越す。慶応大文学部卒。出版社勤務を経て、02年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞。03年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞。他に「都市伝説セピア」など。東京都足立区在住。
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by moon99999 | 2005-07-15 00:31 | 本にかかわる話
第133回芥川、直木賞(日本文学振興会主催)の候補作が7日、決まった。直木賞は候補7人のうち6人が初のノミネート。

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by moon99999 | 2005-07-09 23:34 | 本にかかわる話

古本をどうする?

このメルマガを購読されているかたの多くは本が好きだろう。では、読んでしまった、いらなくなった本はどうするだろうか?

今、購読しているメルマガの中に、「アマゾン・マーケットプレースで本を売る」というのがある。
持っている本をアマゾンで売ろうというのだ。
実際、私も本を古本屋に売ることがある。それならアマゾンで売ってみてもいいではないか。

だが、最近はそれだけではないようだ。ブックオフで、あるいは他の古本屋で、100円均一の本を買ってきて、それを高く売ればもうかる、というテクニックもあるんだそうだ。
まあブックオフでは時間がたつと多くの本が一冊105円になってしまうようなので、そこに掘り出し物が隠れているといってもまあそうだろう。

100円本ならば、買って読んでまた売っても惜しくはないし。コーヒー一杯飲んだって400円するご時世だ。売れなければ捨てることになるがそれはさすがに勿体無いと思う。 

ごみ収集の資源リサイクルの日に、本が出されていると、おじさんがやってきて、めぼしいものをひろっていく。 これも古本屋に売るのだろう。
まあこれも資源の有効利用と思えば悪いことではないだろう。本は溶かされるよりも誰かに読んでもらえたほうが嬉しいだろうから。

ただ、ほどいた本をそのまま放っておくのはマナーに反するからやめてもらいたいものだ。

というわけで先日ブックオフで本を買い込んできた。
で、価格を見てみると、アマゾンのユーズド価格 1円より、とかなっていた。
なかなか甘くはないな、と思った。

だが、一冊は、アマゾンには出ていないが、ヤフオクで1000円で売られていた。もちろんこれで売れるとは限らないが、100円で買って、楽しんだものが1000円で売れるとしたらこれは嬉しい。

しかし・・・これをあまりやっていると他のことができなくなる。べつにプロのあきんどになるわけではないのだから、ほどほどにしておこう。

・・・と思ったら、近所のブックオフが改装して、売り場が広がった。 また行きたい、と思えてきて困っている(笑)。
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by moon99999 | 2005-06-11 20:55 | 本にかかわる話

各種の漫画賞の発表

GWが明け、漫画関係の賞が発表になった。

第9回手塚治虫文化賞
マンガ大賞:浦沢直樹+手塚治虫「PLUTO」
新生賞:こうの史代「夕凪の町 桜の国」
短編賞:西原理恵子「上京ものがたり」「毎日かあさん」
特別賞:川崎市市民ミュージアム
http://www.asahi.com/tezuka/
PLUTOを今年受賞させるのはどうなんだろう、という疑問がある。
PLUTOとは、鉄腕アトムの中の一シリーズを、浦沢が自分のキャラクターにして書き直しているものだ。アトムやウランが、人間のような感じで描かれている。
完結してから与えるべきだったのでは、と個人的には思う。

サイバラの2作品は、あまりに雰囲気が違う。これらを並べるのはどうかと思うが・・・。
本当は「上京ものがたり」はここでとりあげようかと思っていたが、これをとりあげて、サイバラのイメージが誤って伝わってはまずいかな、と思い、やめていた作品だ。

上京ものがたり、というのは真面目な作品だ。「ぼくんち」に通じるものがあるがもっとものがなしく、美しい。
上京した女の子が、いろいろと問題にあいながらも、なんとかけなげに生き延びていく、というのがこの作品。 一人で上京した女の子が心細いときに読んだら、共感のあまり泣いてしまうのではないだろうか。毒はまったくない。

一方、「毎日かあさん」は母親としてのサイバラの大変な毎日をえがいたもの。毎日新聞に連載されていたが、「ほのぼの家族漫画としてかいてるうちに離婚してしまった」という嘘のような本当の話がおまけでついている。
子どもが裸で砂場で遊びまわりエビフライのようだ、などというほのぼのから、入院している夫に別れをつげるくだりまでいろいろある。 
だが、基本的にはほのぼのさの中に毒がはいっている。

平成17年度(第29回)講談社漫画賞
児童部門:安野モヨコ「シュガシュガルーン」
少年部門:曽田雅人「capeta」
少女部門:伊藤理沙「おいピータン!!」、ジョージ朝倉「恋文日和」
一般部門:三田紀房「ドラゴン桜」
http://www.kodansha.co.jp/award/h17_manga.html
安野モヨコは「監督不行届」のあの「ロンパース」だ。
私はこの作品は呼んでいないのでわからない。
「働きマン」は来年あたりに賞をとるかもしれないと思う。
一方、「ドラゴン桜」はすごい漫画だ。これは、つぶれかかった三流高をたてなおすため、劣等生を東大に入学させようとするものだ。
下手な受験参考書よりもずっとためになる情報がたくさん含まれている。これを読んでそのとおりに実践すれば、本当に東大に通れるのではないか、とまで思える。


第34回日本漫画家協会賞
大賞:私の八月十五日の会、吾妻ひでお
特別賞:大坂ときを、一峰大ニ、平野勲
文部科学大臣賞:藤子不二雄A
http://www.nihonmangakakyokai.or.jp/new3/new.cgi


吾妻ひでおに大賞だ!
大賞は「失踪日記」に対するものである。
これは慧眼だと思うし、あの作品は、とにかく絶賛されるべきものだと信じている。
藤子Aに文部科学大臣賞というのはよくわからない。Fが死んでいるから、なのかもしれない。
一峰大二に賞というのは渋い。さすがは漫画家協会だといえるだろう。

漫画家協会での選考委員は以下のとおり。委員長 やなせたかし 委 員  鮎沢まこと ・ 西谷祥子 石子 順 ・ バロン吉元 犬木加奈子 ・ 古川タク 中山星香 ・ 矢野 徳 なぎら健壱 ・ 山根青鬼
なかなか不思議なメンバーだと思う。委員の全員を知っている人はかなりの通だろう。私はぜんぜんわからない。すくなくとも平均年齢はかなり高いぞ。


賞の是非はいろいろありそうだが、少なくとも、受賞者はこれを励みに、これからも頑張って欲しいものだ。 漫画も立派な文化なのだから。


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by moon99999 | 2005-05-14 23:30 | 本にかかわる話

本屋大賞発表!

本屋大賞が決まった。

大賞は恩田陸  「夜のピクニック」だ。

http://tinyurl.com/4h3k3
それ以下はこうなっている。
2位 『明日の記憶』 荻原浩 【光文社】 302点
3位 『家守綺譚』 梨木香歩 【新潮社】 274点
4位 『袋小路の男』 絲山秋子 【講談社】 185点
5位 『チルドレン』 伊坂幸太郎 【講談社】 155点
6位 『対岸の彼女』 角田光代 【文藝春秋】 153点
7位 『犯人に告ぐ』 雫井脩介 【双葉社】 138点
8位 『黄金旅風』 飯嶋和一 【小学館】 102点
9位 『私が語りはじめた彼は』 三浦しをん 【新潮社】 92点
10位 『そのときは彼によろしく』 市川拓司 【小学館】 74点


「明日の記憶」惜しかったな~。いい本だったけど。
賞をとっている本は、むりに推さなかったんだろうな、と推測できる。

恩田陸はこのまえ初めて読んだばかりだ。

時間ができたら読んでみよう・・・

その前に・・・積読本もなんとかしないと。ダークムーンなんて途中でほうってあるし(おい)
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by moon99999 | 2005-04-06 00:01 | 本にかかわる話

作家へのメールとブログ

柴田よしきさんの日記がブログでアップされはじめた。
サイト自体は自分のサイト(http://www.shibatay.com/)なのだが。
そのうちの日記が、ライブドアブログでも文面がアップされはじめているのだ。

日記(ブログ)の中に、ファンからのメールについての話があった。
あまりにフレンドリー過ぎて礼を逸しているものなどもある、とのこと。
もちろんそれには単純なスパムメールもあるのだろうが、読者でもそういう人はたぶんいるのだと思う。

久美沙織の「コバルト風雲録」にもそういう話が出てくる。彼女がコバルトで書いていた頃の読者はどんどん傲慢になっていく、という部分だ。

ただし、昔は作家に手紙を書く(ファンレターなど)というのは大変な勇気が必要だったと思う。それが、いまはこうやってPCでメールを書いたり、はてはこの記事のように、相手の日記にトラックバックまでできてしまう。

読者と作家との距離はやはり縮まっているだろう。それを作家がどう思うかは、また別の問題だが。

そういえば私も某作家と漫画家にメールの返事をいただいたことがあったっけ。
どちらも女性であったのは偶然だろうか。それとも、やはり女性のほうがまめなのかな。

あ・・・このブログでも柴田よしきの本はいくつか紹介しているが、あまりいい評価でないものもあったっけ。まあ、いいか。観覧車はお勧め!としていることだし。早く続編書いてください。

(柴田先生、これ読んでも怒らないでいただければ幸いです・・・遅いか)

ちなみに、柴田よしきサイトには、聖月さんやトラキチさんのHPが紹介されていた。
さすがだなあ。

と、なんだか読む人を意識した独り言になってしまった。ちょっと調子狂うなあ。
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by moon99999 | 2005-03-22 23:37 | 本にかかわる話