読んだ本について感想を述べたり述べなかったり・・・書評・コネタ連動メルマガも登録宜しくお願いします。 「濫読ひで」より


by moon99999
カレンダー

<   2005年 08月 ( 23 )   > この月の画像一覧

お引越し

皆様、これから少しずつ、Seesaaに引越します。
これからもよろしくお願いいたします。

Seesaaでは以下のアドレスです。

http://hidebook.seesaa.net/


これから構築していきます。時間かかりそうですがよろしくお願いします!
b0059882_0425139.gif

[PR]
by moon99999 | 2005-08-26 07:50 | ご挨拶
一晩で10以上も同じようなところからスパムトラックバックがやってくる。
これはさすがに何とかしてほしい。

他のサイトにもきているようだから
エキサイトのシステムサイドで全部を消去すべきではないか?

なにもアナウンスもないけど。
認識はしてるはずだよな~

向上委員会にだってスパムトラックバックきているし!
[PR]
by moon99999 | 2005-08-25 07:21 | その他

盗作について思う(3)

さて、ここで某氏からのコメントがあった。

「篠原さんというかたを個人的にはぜんぜんぞんじあげません。できたら、「ちょっとしたウッカリ」だと信じてあげたい。
ヘレン・ケラーがかいた小説が既存の作品にそっくりで「パクリだ~」といわれたときに「すみません、ずっと前に点字で読んで覚えてしまっていたんだと思います」って謝ったという事件もありました。あまりに好きすぎると「なかば自分のものにしてしまって」彼我の差すらわからなくなるということもありえなくはない。 」

好きだったら自分のものになってしまう。それはそうなのかもしれない。
一言一句が自分のものになる。だからそれを自分のことばに置き換えて再生産しても、類似した言葉になってしまう。

そういう部分はあると思うし、実際に創作活動しているときには、過去の読んだ文学書からマンガまですべて自分の血となり肉となっているとすれば、それがどこかで出てくる、ということはありえるかもしれない。
も、だからこそ、その出典に対して気を遣うという考えを持って欲しいと思う。

日本におけるマンガの黎明期、手塚先生だっていろいろな海外のストーリーをイタダイて、それでマンガに仕立てたことはいくらでもある。
それこそ、「赤塚不二夫のことを書いたのだ」になぜか手塚先生のことも出ていたけど、その際に開かずのネタ部屋ってのがあって世界の文学とかがならんでいたようだ。

だが、大筋をもらうのと、せりふとかをもらうのはやっぱりわけが違うだろう。

(引用)
その元ネタが決してばれないように、必死で頭を使いましょう。うまくごまかしなさい。そうかんたんに見破られないように変装させてしまいなさい。これを換骨奪胎といいます。(了)

これは、「もう一度だけ新人賞の獲りかたおしえます」という本の引用だ。
やはり、自分の血や肉となっているとしたところで、自分のどこの肉がだれの影響、とかを把握しておかないといけない、ということなのだろう。

ただ、もう一つの問題は、表現方法としてマンガが優れている可能性もある、ということだ。
少なくともマンガのほうが出版数が多い、また読者も多いから実は目が肥えている。
だから表現が洗練されていく可能性がある、という。
なるほど。
昔は文学からマンガがパクル(というより大いに参考にする)という一方通行だったのが、いまやその逆も普通に行われうる、ということなんだろう。

べつにここで大塚英志と笙野頼子の議論を持ち出す気はない。
ただ、マンガというものも今では立派な文化たりえており、マンガという枠だけでなくてそれ以外の人々、芸術作品にも多大な影響を与えている、ということだ。

本を読む人が他の本を参考にするとき、メジャーどころの手法は、評論家は皆把握している、というのはたぶんそうだろう。北上次郎、大森望、豊崎由美といった人たちはいったいどれくらい本を読んでいるのだろうか?  その一方、マンガは把握しきれない。 私の知人で蔵書一万冊超の人がいるが、彼でさえ把握しているマンガはごくわずかだ、と言っている。

話が大きくなってしまった。
いずれにしても、マンガを参考に(本当の参考かパクリかはさておき)して文学を書く、というのは今後どんどん大きくなっていくだろう。
あるいは、いまの10代、20代の作家は、マンガや文学、ゲームといった間の境界線というものを軽々と乗り越えていくのではないか。というより、 本来のマンガとかゲームの出し手のほうがメディアミックスによるプロモーションを続けていった結果として、メディアミックスに慣れた受け手が作り出されていて、その人々が創作者になったときには、すべてのメディアは表現手法の一つになってしまうのかもしれない。
ゲームのコーディングはさておいて、世界観づくり、フローチャートなどは共有していける可能性があるかもしれない。

もちろんそれだけでは不十分だから専業作家が成立するわけだが。すくなくとも、その世界観を作り出す、プロデューサーとしての役割をになっていける若いクリエーター(作家かもしれないしマンガ家かもしれない)が今後どんどん出現していくだろう。


と、またまた話がそれた。

マンガからの影響であろうが何であろうが、あまり頻繁にその影響を表に出すのははばかられるだろう。 
いくらなんでもどこかで気がつく人が出てくるだろうからだ。

単純な引用をついうっかりしてしまった、なぜならマンガで読んだものが自分の血や肉になってしまっていて、引用しようにもしえないくらいだったからだ。 こういうことになるのだろうか。
あるいは偶然の一致で突っぱねるのか(本当にそうかもしれないし)。
外部からのインプットが多ければ多いほど、自分の世界観作りに役立つ、という人と、多いと自分のアイディアが他人に影響されすぎる、という人がいるのだろうと思う。

どちらが正しいということはないだろう。 ただ、クリエーターの仕事というのは、どんなインプットであっても、自分の中で咀嚼して、自分のものとして、独自の世界観で作り出していく、というものだと思う。  過去は過去。他の作品は他の作品。オマージュとかトリビュートならともかく、影響をうけているだけでオリジナル作品だというのであればそこははっきりと影響元に近い表現は意図的に排除しなければならないだろう。

今の時点で篠原氏がどうかはわからない。
彼のオリジナリティによる作品だったとしても、酷似している、という点でその作品の評価に影響が出る。しいては部数もそうなのだろうか。 

いずれにしても、今後の作品で篠原氏の力量が試されることになるのだろう。すくなくとも、二度目は無い。
[PR]
by moon99999 | 2005-08-21 16:01 | 本にかかわる話
「パンが無ければ、お米をたべればいいじゃないの!」 と、マリー・アントワネットが言ったかどうかは、定かではない(言ってないってば)。

ベルサイユのばら、という言葉を知らないひとは少ないだろう。そう。池田理代子大先生の漫画史に残る金字塔だ。
フランス革命時のパリを舞台にして、押す刈るじゃないオスカル、アンドレ、マリーアントワネット、フェルゼンなどが運命に翻弄される・・・
すでに30年近くが経過しているのに、未だにファンが多い。 宝塚で上演したせいもあると思う。

そして、ベルばらグッズは数多い。
キーホルダーとかの定番から始まって、Tシャツ、レターセット、ワイン、お米・・・へ?お米?

そう。ベルばら米、というものまで存在するのだ!
「なでしこ産業」という会社で、ベルばら米の通販を取り扱っている。
http://www.nadeshiko.co.jp/okome/kome3.html

なぜに米?というのを、エキサイトビットが調べてきてくれた。
http://tinyurl.com/7bxrt

パッケージには「オスカルから愛を込めておいしいお米を贈ります」というオスカル様からじきじきのメッセージまで、あるんだそうな。

お米やさんがベルばらのファンだから、実現したそうです。うーむ。すごいなあ。
でも、米である必然性は本当はないですよね。 このお店が米屋さんじゃなくってたとえばお味噌屋さんだったら「ベルサイユのばら味噌」、つけもの屋さんだったら「ベルばら漬」 ってことになっていたかもしれませんね。

でも、お米でも十分に違和感があるわけなんでそれ以上までいくとちょっと・・・という感じですね。
でも「ベルばらソーセージ」なんてありそうですよね。ベルばらふりかけ、とか、ベルばら納豆・・・これはないかな(^^;)

一つの作品が、時代を超えて愛されていく、という好例を見せていただきました(ホントかなあ)。

ちなみに「ちくろ幼稚園」「トイレット博士」のグッズはあまり見たことがありません・・・タイアップしにくいもんなあ。





参加中!
一日1クリックお願いします!
トップページへ
[PR]
by moon99999 | 2005-08-21 11:29 | コネタ
逝く夏を惜しんで、アイスの話題にしよう。

・・・といいつつ、このタイトルそのものでおいおい、という感じだが。
http://tinyurl.com/bbl4r
まずは前者。築地に、「黒いソフトクリーム」というのを売っているところがあるそうだ。
あのキハチの黒ごまアイスではない。もっと黒い。
なんと・・・イカ墨アイスなのだ!

イカ墨ねえ。パスタ以外に食べたことはないんだけど・・・
ちょっと不気味かな。ちなみにバニラとのミックスもあるようなので築地に行ったらトライしてみてください。

昔の「OL進化論」のなかに、バリウム飲んだ後イカ墨のスパゲティを食べて翌日・・・パンダ、みたいなものが・・・

と、こういう話はおいておいて(嫌いじゃないけど)

次は「お魚アイス」だ。
http://tinyurl.com/cqyr8
お魚アイスといっても、お魚の形をした「タイヤキアイス」とかではない。
本当に魚が入っているのだ!

「不思議の海のお魚アイス」。
ごくシンプルなパッケージで、アイスクリームというより缶詰のような雰囲気だ。

味はカニ味、エビ味、ノリ味、ハマチ味、チリメン味の全部で5つだそうだ
ネーミングも変わっている。
カニ味は「しなやカニ歌って」、エビ味は「愛しのエビー」、ノリ味は「ノリといつまでも」、ハマチ味は「ハマチっちゃうな」、チリメン味は「チリメンねジロー」と名付けられている。

ああそうかい、という感じだが。

で、実際に食べたエキサイトの記事の話では・・・なんとハマチ味を食べてみたところ、
ハマチの味がして、またハマチの中骨まで入っていたという!

う~ん。おいしいかなあ。どうせなら醤油とわさびでいいような気もするんだけど、魚嫌いな家ではお子さんに食べさせてみますか?

でもどこで売っているんだろう?

いちおう、大阪の天保山でやっている「アイス博覧会」(こんなのもあるんだ)で売っているそうだ。

この前の大阪の「ガンダムミュージアム」といい、これといい、大阪もあなどれないな~と思ってしまった。


ちなみに私は・・・あえてあまり食べたいと思いません。(きっぱり)
[PR]
by moon99999 | 2005-08-21 01:39 | コネタ

むかしのはなし

4344007417むかしのはなし   三浦 しをん
幻冬舎 2005-02-25
http://tinyurl.com/e45d6

日本の昔話の要約が最初に出てくる。そして、始まる物語は現在、あるいは近未来の話になっている。
「かぐや姫」の話が出た後、プレイボーイの男性の述懐が始まる。これは電話での話しだ。
そう。彼はかぐや姫のように、異性に対して無理難題を言う。彼はホストなのだ。
だが、いつかその報いは訪れる。 月からの使者ではなく、違う使者が彼のところに訪れてしまう。 そして彼が携帯電話で告白したことは・・・

あるいは、「ロケットの思い出」という話は、花さか爺だ。 昔、ロケットという犬を飼っていたときの思い出話だ。そしてロケットが死んだのは・・・

この次あたりから、期せずして連作短編集となる。地球に大変なことが起こるのだ。
♪地球が地球が大ピンチ~~ 
まるで、「ひとめ、あなたに・・・」の世界だ(知らなくてかまいません)。

極限状況になると、人はどういう行動をとるのか。 それが淡々とした筆致で描き出される。決して不快にならないような形の描写で。

桃太郎、のもじりの話が最終話に出ている。
モモちゃんは乱暴者だが、ぼくはモモちゃんにあこがれていて、大好きだった。
モモちゃんは暴力的だ。だが女にもてる。

「だれかを好きだった記憶もなくなるぐらい生きて、俺が死んでも気づく奴が一人もいないほどになったら、そのときやっと、俺は本当に自由になれるんじゃないかと思うんだ」 ニヒリストっぽいモモちゃんの発言だ。
だが、モモちゃんは、 なにから自由になりたかったんだろう。

そして、ぼくのモモちゃんへの悔恨の思いは、時を越えてずっと伝えられていくだろう。


お勧め度:☆☆☆☆1/2 昔の話か未来の話か・・・


参加中!
一日1クリックお願いします!
トップページへ
[PR]
by moon99999 | 2005-08-20 01:11 | 文学系

101歳の少年

440861131X101歳の少年 三浦 敬三
実業之日本社 2005-02
http://tinyurl.com/dovv7
三浦敬三氏は、三浦雄一郎氏の父親だ。
101歳で、スキーをしている。
100歳のときに、息子(雄一郎氏)、孫、ひ孫(4歳)で一緒にスキーをする、という快挙をなしとげた。
彼の息子の三浦雄一郎氏は、70歳でヒマラヤに登頂している。

このすごいパワーはどこからくるのか。
この本に秘密が載っている。

敬三氏はとにかくスキーが好きだったそうだ。雪の中、八甲田でいろいろなスキーをしてみたり、みようみまねで板スキーに金属のエッジをうちつけてみたり。戦時中でさえスキーをした。

やはり、好きこそものの上手なれ、ということなんだろう。営林署にずっと勤めながらもスキーを楽しみ続けた。
彼のアイドルはハンネス・シュナイダーというスキーヤーと、インゲマル・ステンマルクというスキーヤーだ。ステンマルクは私も知っている。ワールドカップで何回もかっているからだ。

私が知っているスキーヤーはステンマルクとミッターマイヤーくらいかな。でも写真みても誰とは言えないから知っていると言えるのだろうか?

とにかく三浦氏はすごい。この年齢でも毎日いろいろなトレーニングで体を鍛えている、というのだ。顔についてさえ運動しているという。あとはタイヤのチューブをひっぱったりいろいろ自分で作った運動をやっているそうだ。

この元気さがあって、はじめていろいろなことができるのだろう。100歳での親子4代スキーなんて、どんなにうまくったってそうはできないはずだ。

元気な101歳の少年に乾杯!

お勧め度:☆☆☆☆ 自分が101歳のときにこうはできません。今だってできるかどうか。
[PR]
by moon99999 | 2005-08-19 06:58 | エッセイ

盗作について思う(2)

さて、コミックの盗作ということでいうと・・・

まだそれほど大きな問題になっていないようだが(少なくとも私は知らないだけかもしれないが)、最近私が読んだ作品『誰のための綾織』について、三原順「はみだしっ子」からと酷似する点がたくさんあるのに、それが記載されていない、という指摘があるブログであった。
http://oppincle.seesaa.net/article/4785373.html

はっきりいえば、今回の篠原氏と同じケースだ。

どうなっていくのだろうか。
コミックにせよなんにせよ、原著作権者がいるのであれば、そこははっきりさせるべきであろう。
だが三原氏はすでに鬼籍に入っている。どうなるのかはすぐにはわからない。


プロットが似るというケースはあるだろう。
昔(はっきりいってえとが一回り以上している)、「野性時代」に掲載された、栗本薫氏(中島梓のペンネームだったかもしれない) の作品のなかに、沖田総司が現代にタイムトリップする、というテーマの作品があった。

正直、すごく驚いた。
アイディア、プロットが、小林信彦氏の短編にそっくりだったからだ。

中島氏がさすがにそんなことをするわけないだろう、とは思ったのだが、それでも盗作の疑惑は私の中では消えなかった。
その作品名は覚えていないが、改作された後に、なのか別作品なのかわからないが、中島氏の原作で、演劇の舞台ができているようだ。
いまは「まぼろし新撰組」というもののようだ。
今のプロットは私が読んだ記憶のものとはかなり違っているようなので、問題はないとは思う。

原作品を読んで、小林信彦氏はどう思ったんだろうか。(読まなかったのかもしれないが)

ぜんぜん関係ないのだが、その舞台の中で、芹沢鴨が「おれは幕末に帰りたい」というせりふを言うらしい。

新撰組メンバーにとってはあの当時は幕府は絶対だったわけで、あの当時のことを、何があっても「幕末」と呼ぶことはないだろう、と思うのだが。

まあそこは原典を見ないで勝手に書いているのでなんともいえないが。

盗作、剽窃が露呈するとき、それに対する批判は小さくない。 
大月 隆寛氏が田口ランディ氏の盗作を批判したとき、彼はこんな本まで書いている。
「田口ランディその「盗作=万引き」の研究」http://tinyurl.com/a6899  この本の表現は、あまりに悪口雑言であって、読むに耐えないほどのものであった。 指摘している内容はもっともなものが多かったのだが、大月氏がなぜにあそこまで人を貶めることに血道をあげたのか、は理解できなかった。

話がそれた。

さて米国では剽窃というのはものすごい罪だと教えられる。
剽窃はプレージャリズムというのだが、それをやったら単位を落としたり、それこそ退学だってあるらしい。これは厳しい学校の話で、「玲子@チョート校」 http://tinyurl.com/blbhe
という、岡崎玲子さんという高校生が米国の超エリートスクールに留学したときのエピソードとして出てきた。

まあ実際は、米国ならそれがとても厳しい、というわけではなくて、よく剽窃があるからそう言っている、というのが正しいだろう。

学校でも、宿題がインターネット上の材料に似ているかどうかを調べるようにしているようだし、そういうソフトすらあるらしいから。

昔、ネットニュース(アメリカのalt.rec.animation.sailor-moon だったかな?)の中で、セーラームーンの絵について「自分がコピーしてアップしたんだから、著作権が自分にある」とかほざいている莫迦がいた。 アメリカにしてもその程度の感覚なのだ。


話を戻そう。

いまの情報化社会では、「こっそりとパクル」ことはほぼ不可能になりつつあるのではないか。もちろんアンダーカバーで終われば別だが、いやしくも有名人たろうとする人々は、誰のアイディアをこっそり取っても指摘されるだろう。
だったら最低限参考資料を明らかにした上で、引用については明確にすべきだろう。

そういえば、甲子園である学校が校歌を流したら、別の学校と同じ節だった、というのでびっくりされたケースがあったっけ。作曲家は同じ。
歌詞が七五調や五七調なら、曲は同じにつけられるもんな~

これは剽窃ではないが、まあ秘密にしたかったことではあろう。 情報化社会の例ということだ。

ただ、小説・マンガの場合、プロットをもらった、とか表現をもらった、というのは正直難しい部分はあるとは思う。

「ゴレンジャー」は「ガッチャマン」の盗作だとは(あるいはその逆かな)誰もいわないだろう。
だが5人であつまって敵をたおす。紅一点がいる、とか、パターンなんだよな。だがこれは業界では『お約束』というだけだ。

で、よくわからない結論。

情報化社会の現在においては、意図的なパクリはどこかで露呈する。そのネガティブインパクトの可能性を考えた上で、パクリはできるだけ避けるべきである。  プロットの一部やアイディアをもらうにしても、できるだけ原典を表示すべきだろう。  (最低限、単行本化されるときには書くべきだ。ろう。)
第三者がそれを見つけて指摘するとき、かならずしも人は優しくない。


ふー疲れた。最後まで読んでくださった方がいたら、ありがとうございました。
[PR]
by moon99999 | 2005-08-18 12:48 | 本にかかわる話

盗作について思う(1)

かなり長くなりそうだ。

まずは記事から。
http://tinyurl.com/e4bsh
<盗作?>篠原一さんの短編小説、既刊漫画と酷似  [ 08月18日 03時00分 ]

 集英社の文芸雑誌「すばる」8月号に掲載された篠原一(しのはらはじめ)さん(29)の短編小説「19℃のロリータ」と、1998年に祥伝社から刊行された楠本まきさん(38)の漫画「致死量ドーリス」のストーリーが酷似している上、同じ表現が数カ所あることが分かった。両社は篠原さんが盗作した可能性があるとみて調査を進めている。

 篠原さんは17歳だった93年、「壊音 KAI―ON」によって史上最年少で文学界新人賞を受賞した女性作家。代表作に「アイリーン」などがある。

 「19℃のロリータ」は「B文学賞を最年少で受賞した」学生「僕」が主人公の一人称小説。若い女性の「きみ」にひかれるが、人生に意義を見いだせない女性は死を急いでしまう。

 「致死量ドーリス」も「僕」と若い女性の「君」の物語。女性が死へと向かうストーリーが共通しており、特に(1)突然髪を切る(2)何種類ものかつらをつくる(3)体にはさみを刺して自殺未遂をする――など女性の行動が酷似している。「この部屋のエアコンディションは快適だ」「中途半端に破滅型なの」など同じ文言もあった。

 読者らの指摘で事態が明らかになった。インターネットでも話題になっている。すばる編集部は「調査中」としている。 (了)

うーむ。

まずはもしこれが盗作、剽窃だとしたら、どうなるのだろうか。
1)認める
2)認めない

その2つだろう。前者の場合、「謝って済むなら警察はいらない」
わけだが。
以前の、田口ランディ氏の話は参考になるだろう。
彼女の作品は、インターネット上のサイトの情報をかなりパクって自分の作品にとりいれ、それを最終的に認めて、発表した作品を大幅に変更している。
だが実は彼女は公式に謝罪を続けているわけではないらしい。
それでも彼女は許されている。
なんといってもその後直木賞の候補になっているわけだから。

日本というのはもともとは盗作というものに対して寛容だった部分はあるだろう。
本来は「本歌取り」なんていう文化もあったわけだ。
それに、「オマージュ」とか「トリビュート」なんていうのもある。

まあこのあたりの違いは、原典を明らかにしているかどうか、だということではあるだろう。
本歌取りの場合には原典を明らかにしていなくても、有名な歌だからみなに伝わることを前提にはしている。

そこまでいかないケースもある。 たとえば、こっそり、他の作品をまねして、「お前らはわからないかもしれないがわかる人にはわかるんだ!」とやるケースだ。

たとえば、岡田斗司夫氏は、自分が製作したアニメで、いろいろパロディをやっているらしい。
「ここのシーンは宇宙戦艦ヤマトのあれとそっくりに」なんていうシーンをたくさん作っている。だがそれについては、誰にも言ってなかったようだ。 その後、BSアニメ夜話で舞台裏を明かしている。 また、ロトこと氷川竜介氏は、岡田氏のアニメのロケットの部分だけ解析して、それでもいろいろな事情を解き明かしている。

まあ、このあたりはご愛嬌だ。 著作権どうのこうの、ではないからだ。

それよりももう少し面倒なのは、大河ドラマでのケースだ。 最近、二審判決が出た。
http://tinyurl.com/dwbc6
NHK武蔵訴訟 黒澤氏側二審も敗訴  2005年 6月15日 (水) 06:15
 NHKの大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」の一部が故黒澤明監督の映画「七人の侍」の盗作だとして、著作権を相続した長男久雄さんらがNHKと脚本家に1億5400万円の損害賠償とDVD化差し止めなどを求めた訴訟の控訴審判決で、知的財産(知財)高裁は14日、請求棄却の一審東京地裁判決を支持、親族の控訴を棄却した。

 判決理由で中野哲弘裁判長は1審判決と同様「ドラマと映画には類似した点がある」と指摘したが「映画の表現上の本質的特徴を、ドラマからは感じ取ることができない」などと著作権侵害を否定した。(了)

この場合には、「シーン」を再現した、というかよく似たケースにしたわけだ。

http://tv.dot.thebbs.jp/1074688443.html  では、
黒沢さんらが問題にしているのは、昨年1月5日放送の第一話。

 訴状などによると、村人が侍を雇って野武士と対決する基本的なストーリーのほか、豪雨の中で戦うシーン、主人公の武蔵が地面に突き立てた刀を抜くシーンなど十一の場面が「七人の侍」に酷似しているとしている。

 代理人の弁護士は「著作権使用料を支払ったリメーク(再作品化)ではないばかりか、パロディーやオマージュ(賛辞)として一部をまねたのでもない。『七人の侍』のブランドにただ乗りした明白な著作権侵害行為」とし「映画史に残る名作のイメージを傷つけた」と主張している。 (了)

この辺になってくるとどうなんだろう。
争いがあるわけだ。


さて篠原氏が果たして盗作したのか。 その辺は今後明らかになっていくのだろう。
その後処理によっては、彼女の文壇での地位が危うくなることもあるだろうが、田口ランディ氏のように、「そんなこともあったかしら?」的なことになるのかもしれない。
[PR]
by moon99999 | 2005-08-18 12:17 | 本にかかわる話

スパムトラックバック

今日、10以上もスパムトラックバックが付いていた。
ほぼおなじサイトからだ。
非常に腹立たしい。

規制がきびしいことを売りにするエキサイトなら
こういうところの防止とか自動削除とかもやってほしいものだ。
[PR]
by moon99999 | 2005-08-17 13:42 | ランダムウォーク